「意識高い系」を馬鹿にする人は、自分の人生を真剣に生きていない

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こんにちは。ふみです。

「意識高い系」

という言葉をここ数年でよく聞くようになりました。

「意識高い系」という言葉自体が、あまり良い意味を感じさせないので、

言われても嬉しくないという人も多いと思います。

また、「意識高い系」を馬鹿にする人たちもいます。

 

この人たちは、将来に対して希望はないけど、

周りの「意識高い系」をディスることを生きがいとしています。

 

 

意識高い系にも何パターンかいて、

バリバリ行動している人、気持ちだけの人、口だけで行動が伴っていない人などがいると思います。

確かに口だけで行動が伴っていない人に対しては、

どうしても辛口に言ってしまうのは分かるんですが、

それでも、「意識高い系」を馬鹿にする人がそういう人をとやかく言うのは違うかなと。

 

今日はそんな「意識高い系」を馬鹿にする人たちについて思うことがあるので、書いていきます。

 

他人の人生を馬鹿にすることで自己満している

「意識高い系」を馬鹿にする人は、他人をけなすことで自己満したいのだと思います。

自分はやりたいことないし、特別何かができるわけでもない。

そんな自分を肯定するには、他人が努力しているのを批判するしかないのでしょう。

 

確かに、他人を否定すると

一見自分の方が立場が上であるかのような感覚を得ることができるのかもしれない。

けど、そんな感覚に何も意味はないはずです。

そして、何一つ自分が成長したわけではないし、周囲から見るととてもダサい。

だって、その人は何も思いがないし行動してないんのだもの。

 

そもそも、自己肯定感を高めるために、

他人を批判して、他人を変えようとするのはおかしいことです。

自分を変えることはできるけど、他人を変えることはできない。

 

自分の人生を真剣に生きていない

自分の人生を真剣に生きていない。

「意識高い系」が真剣に人生を生きているのが羨ましいのかもしれない。

 

自分の人生に真剣に生きているならば、

「意識高い系」のもがいている姿を見ても否定したりはしないでしょう。

自分の人生に必死だし、

さらに「意識高い系」を応援したくなる気持ちが芽生えてくることもあると思います。

 

自分で決断して人生を切り開いていくのは、

勇気のいることだし怖いことだが、

でもできるようになったら間違いなく楽しい。

批判者、傍観者だったのが、主体者に変わるわけだからね。

 

まだ僕自身、自分で人生を切り開いている感覚はそこまで強くないが、

常に主体で生き自分の人生のハンドルは自分で握っていたいと思います。

 

他人の人生に影から口出しするのはもうやめよう

時々、「意識高い系」を馬鹿にする人たちに会うので、思ったことを書いてみました。

批判者、傍観者ではなく、常に主体者であり続けたいですね。

 

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